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2012年12月7日金曜日

【人物伝】に谷口尚己さんのページを作りました

二輪文化を伝える会、人物伝に谷口尚己さんのページを作りました。

1955年(昭和30年)の第1回浅間高原レース、57年の第2回浅間火山レースに出場。そして1959年のHondaのマン島TTレース初出場の一員として参戦。このレースで6位に入賞し、日本人初の世界選手権のポイントを獲得。

※ちなみに、日本人としてマン島TTレースに初めて出場・完走したのは多田健蔵さん。その年から遡ること29年、なんと1930年(昭和5年)のことでした。

さて谷口尚己さんは、マン島での初ポイント以降もHondaのワークスライダーとして世界グランプリなどで活躍されたので、当然ながらHondaのイメージが強いのですが、実は現役引退間際にはカワサキと契約していたこともあるんですね。

1967年に富士スピードウェイでの日本GP(スタートでエンジンがかからず?リタイヤ)、その後シンガポールGPに出場して優勝を果たしています。

「シンガポールでの優勝で、売れ残っていたカワサキの在庫がきれいになくなったと聞いてますよ。」と筑波のテイストオブフリーランス(2012年6月)でお会いした時に語ってくださいました。

2012年7月の「酒井文人とクラブマンレースを語る会」での谷口さん

2012年12月1日土曜日

1964年のマン島TTレース50ccクラス

一つ前のエントリー「1963年スズキ世界GP・伊藤光夫さんマン島TT優勝の記録映像」のつづき。

1964年の世界GP第5戦イギリス・マン島TTレース50ccクラスの決勝のカラー映像です。

スズキとホンダ、クライドラーの他にトーハツも参戦してますね。
(正直クライドラーというメーカーについてほとんど知らない...)


これも当時のSUZUKIのエンジニア、中野広之さんの「1964年世界選手権レース」(日本モーターサイクルレースの夜明け)とあわせてどうぞ。

優勝はスズキのアンダーソン。予選トップの#18伊藤光夫さんはマシン不調で5位、連覇ならず。#7森下勲さんが3位。
Hondaの#18谷口尚己さんが6位、Suzukiの#2越野晴雄さんは3位につけていながら野ネズミを避け損なって転倒リタイヤ。

2012年11月30日金曜日

1963年スズキ世界GP・伊藤光夫さんマン島TT優勝の記録映像

1963年(昭和38年)に世界GPを戦ったスズキの記録映像です。

エンジン音も当時の本物みたいですね。50ccの甲高いエキゾーストノートが聞けます。
Hondaでは125ccで高橋国光さんも走っています。

Part1は、第1戦スペイン(バルセロナ)、第2戦西ドイツ(ホッケンハイム)、第3戦フランス(グレルモンフェラン)、第4戦イギリス(マン島)の紹介まで。
Part2は、第4戦イギリス(マン島)の125ccと50ccの予選と決勝。

このマン島TTレース50ccクラスでスズキの伊藤光夫さんが日本人として初優勝したのです。
日の丸が揚がってます! 君が代が流れてます!

素晴らしい!

当時のスズキのエンジニア中野広之さんの「TTレ-ス伊藤光夫優勝、50・125ccダブルタイトル獲得」(日本モーターサイクルレースの夜明け)もあわせてどうぞ。



2012年6月25日月曜日

昭和5年にマン島TTレースを走った日本人

MCFAJとMFJについてWikipediaで調べていたら・・・。

MFJは設立当初、なんだかゴタゴタしていたようで、1950年に一度できているが崩壊して、1961年に新MFJができたとか。

で、気になったのが、初期のMFJの代表の多田健蔵さん。「1930年(昭和5年)に日本人として初めてマン島TTレースに出場した」とあります。

ワタクシ、正直、お名前すら存じ上げませんでした。
いや、ちょっと調べてみると、たぶんこれまでに何度も目にした事はあったのだと思いますが・・・。

しかし今になってみて、あらためていろいろ興味深い話が。

シベリア鉄道を使ってマン島まで40日かけて移動した、とか、ベロセットの350ccで15位で完走した、とか、表彰式には紋付袴で登場した、とか、のちのホンダのマン島挑戦にも尽力した、とか。


画像はこちらのブログ(FishTail Garage)から。
元はOld Timer誌かな?

多田健蔵さんについて、もう少し調べてみようと思います(人物伝にはこういった話を載せようかと)。
何かご存知の方は教えてください。